星喰みの危機から救われた、テルカリュミレース

人々は未だ、エアルの失われた生活に馴染んでいなかった。

精霊の誕生によりエアルを利用した魔導の研究は白紙に戻され、精霊を根源とした研究に0からの再出発を余儀なくされ
魔導器殆ど飾り同然の物と化した。

星喰みを撃退の影の立役者であるユーリ達一行は、その流れと沿うように新たな生活を始めると散り散りに己の進むべき道を歩み始めた。

カロルを長とする「凛々の明星」として日々の依頼をこなしていたユーリやラピード、ジュディスも引っ切り無しに舞込む「魔物討伐」の依頼に奔走して
それぞれ別の依頼で顔を合わせる事も殆ど皆無に等しかった。

魔導器が役目を果たさなくなった今、己の技術と肉体だけで魔物と戦えるのは騎士団を差し置いて「凛々の明星」と「魔狩りの剣」だけと言っても過言ではなかった。

エステリーゼ皇女が収める王都の下町の一角

ユーリは依頼を受け、任務をこなし、また依頼を受けるを繰り返す拠点として利用していた。

ベッドに横たわっていられる時間はユーリにとって唯一の憩いの一時だった。

穏やかに流れる噴水の音、緩やかに伸びた細く白い雲

ポカポカと暖かい陽気に包まれて過ごす一時。

(あいつは…今頃何やってんだろうな…)

ユーリはパチリと目を開いた。

みしり みしりと続いていた床の軋む音がユーリの部屋の前でピタリと止まる。

同じ様にラピードもピクリと一つ耳を動かして首を上げた。

「ったく、休む暇は無いってか」

独り呟く様に言うとラピードは首を下ろして再び丸まった。

「ん?ラピード…あいつか」

ラピードの様子を見て訊ねて来たのが誰なのか直ぐに察しがついた。

ほぼ同時に部屋のドアがノックされる。

「いるんでしょ?入るわよー」

少し間延びした様な聞き慣れた声がドア越しに聞こえる。

カチャリとドアを開けて入って来たのは腰に大きな本を携えた少女だった。

「リタか」

「何よ、随分暇そうじゃない」

リタは言いながら勧められてもいない近くの椅子に腰掛けた。

「それは、こっちのセリフだ。研究で忙しいんじゃないのか、毎月顔を見てる気がするが?」

「べ、別に!エステルの様子を見に来たついでに寄ってるだけよ」

「ほう、ご苦労なこった」

「ついでにオッサンもね」

「まだ生きてるのか?」

「生きてるわよ、むしろ前より元気でうざいったらないわね」

怒気の混じったリタの言葉にユーリは思わず口元が緩んだ。

リタは解り易い。

リタは口が悪いほどその裏返しが強いのだ。

「な、なによ。ニヤニヤして…」

ユーリの様子を見てリタの頬が微かに染まる。

「いーや、なんでもねぇよ」

「なんかムズムズする言い回しね…犬っコロも相変わらずね」

話しをすり替えてリタは寝ているラピードの頭を軽く撫でた。

「それで、用事はなんだ?まさか、顔を見に来てくれた訳じゃ…ないだろ?」

「えっ!?あぁ、用件…用件…」

他意も無く言ったユーリの言葉に予想に反してリタは慌てていた。

「まさか…」

「そ、そんな事あるわけ無いでしょ!」

「まだ、何も言ってねーよ…」

「あ…ぅ…」

「思い出したら言ってくれ」

それだけ言うとユーリは再びベッドに横になった。

「あのさ…」

「思い出したか?」

「あ…ジュディスの事なんだけど」

「あぁ」

「最近会ってないんでしょ?」

「会ってない所か、今となっちゃ行方不明だよ」

「行方不明?」

「あぁ、連絡も無し。音信も不通。ギルドの依頼をこなして独りでどっかに行ったきり行方がわかんねぇ」

話しているユーリの脳裏にジュディスの顔がフワリと浮かんだ。

「そっか…」

「リタも何か解ったら教えてくれ」

「あ、うん…」

それから口を閉ざして俯いていたリタが顔を上げたのは30分程経ってからだった。

「じゃあ…研究所に戻るわ」

「わりぃな、お茶も出せなくて」

クスッとリタが笑う。

「いつもの事じゃない」

「用意もしてないけどな」

見送る為にユーリが体を起こすとリタはドアノブに手を掛け立ち止まった。

「あぁ…」

「まだなんかあるのか?」

苦笑交じりのユーリの顔を一目視線を移してリタは再び向き直る。

「やっぱりいいわ。邪魔したわね」

パタンとドアがしまる。

「ふぅ…」

ドアが閉じたのを確認してユーリは窓に腰掛け空を眺めた。

「ジュディ…か」


ジュディスの消息が掴めないまま時は一月、二月と過ぎていった。

カロルやレイヴン、果てにはエステルやフレンと言った王国直下の人間を巻き込んでもジュディスの居場所は掴む事が出来なかった。

ユーリも依頼をこなす片手間にジュディスの消息を追っていたが痕跡のかけらすら見つけられていなかった。

「何してんだよ、あいつは…」

否応無しに高まる不安をユーリのみならず共に戦った仲間達全員が抱えていた。

いつもの様にドアがノックされる。

「またお前か…」

「何よ、来ちゃ悪いわけ?」

「いや、別にいいんだが…ジュディの消息はなんか掴めたか?」

「何も進展は無いわねぇ、何処に居るのかしら…」

いつの間にやらお決まりの席と化した椅子にリタが腰掛ける。

「ラピードでもジュディスの痕跡は追えてないからな、無理もない」

「まさか…ジュディスに限ってそんな事は無いわよね?」

「さぁな…」

「そんな…」

否定しないユーリの言葉にリタの顔が青ざめる。

(俺だって、そんな事考えたくねぇよ…)

音も無く流れる重たい沈黙を先に破ったのはリタだった。

「ジュディスなら、大丈夫よ!」

ユーリが顔を上げる。

「ジュディスだもの、大丈夫よ」

前向きな言葉とは裏腹にリタの顔は何処かぎこちなく笑っていた。

「…」

「ほら!リーダーのあんたがそんなんでどーするのよ!」

ユーリはフッと薄く笑むと表情を元に戻した。

「そうだな…俺らが心配してても仕方がないか。心配ならまた明日探しゃいい」

ユーリが笑むとリタも微笑みを取り戻した。

「そうよ!」

リタらしい強気で元気な笑顔だった。

「悪かったな、心配させちまって」

「なっ!?別に心配なんてしてないわよ!」

ツンとそっぽを向くリタを見てユーリは小さく笑った。

「ありがとな」

「お礼を言われる様な事はしてないわよ、ただ…」

「ただ?」

「あ、あんたが能天気じゃないとこっちの調子が狂うのよ」

「そうですか」

「そうよ」

腕を組んでそっぽを向いていたリタが不意にユーリに向き直る。

「…この前言いかけた事なんだけど」

「ん?」

「ああんた、エステルとかジュディスの事…ど、どう思ってんの?」

泳ぐ瞳を都度ユーリに戻しながらリタは微かに震える声で言った。

「どうってみんな仲間だろ。まぁエステルはフレンやオッサンが付いてるから心配ないな」

「ジュ、ジュディスは?」

上目遣いに尋ねるリタの質問にユーリは少し戸惑った。

エステルやリタの心配はした事が無い。

エステルにはフレンやレイヴンが付いているし、リタは良く顔を見ているから

では、ジュディスは

同じ仲間として戦い、同じギルドの一員として支えあって

それ以外のの感情が…

ユーリが考えに耽っていたその時

悲鳴が外から聞こえてきた。

「なんだ!?」

窓から見下ろすと下町の人間が集まっていた。

先程まで射していた陽射しはいつの間にやら消えてしまい暗がりの中で人ごみががやがやと蠢いている。

「何事なの?」

リタが隙間から顔を出す。

再び悲鳴が聞こえ、人々が空に視線を移す。

「ユーリっ、あれ!」

リタの指差した方向には巨大な生物が空を覆い尽くしていた。

「あれは…バウルか!?」

ユーリが言うと同時に別の方から青年の声が響き渡った。

「落ち着け、あれは魔物じゃない!」

声の主はフレンだった。

「心配しなくていい、我々に危害を加える様な事はしない!」

フレンは住人を落ち着かせながらユーリが顔を出している宿屋の窓をチラリと一瞥した。

「バウル…独りで来たのか?」

ユーリは乱暴に剣を取り上げると飛び出そうとした。

「まって!私も行く!」

リタの声にユーリはピタリと動きを止め、そして静かに首を振った。

「駄目だ」

「どうしてよ!」

「まだ、精霊の力を上手く扱えないだろ。魔導器が無いんだ、魔法を暴発されちゃ困る」

ユーリの言う事はもっともだった。

魔導器の無い中での魔術研究は今だ試用の段階を越えておらず、魔術に長けたリタですらも低級の魔術を扱うのがやっとだった。

バウルが単身来た事によってジュディスの身に危険が迫っていると思われる中、自分が居てはユーリの負担が増えてしまう。

「それは!…そうだけど、心配じゃない」

「心配すんなって、ジュディは必ず連れて帰る」

言い返す言葉も無く、リタはそっぽを向いた。

「解ったわよ、さっさと行って連れて来なさいよ。一発殴ってやるんだから」

「はは、わかったよ。行くぞ、ラピード」

予想に反してラピードはユーリの言葉に反応しないまま、体を丸めていた。

「ん?来ないのか。わかった、じゃあ、留守番よろしくなラピード」

そう言うとユーリは窓からひょいと飛び出してバウルの降り易い様に平原へと走っていった。

ユーリが飛び出して数分した時、ラピードは向くりと起き上がりいつもユーリの隣でそうしている様にリタの隣にただ静かに座っていた。

「何よ…魔導器が無いのはあんただって一緒じゃない…誰の心配、してると思ってるのよ…」

ユーリが出て行った窓も、ラピードも見ずに腕組をしたままリタは独り呟いた。

「…」

「あんた、いつから気付いてたのよ?」

「…」

「あ〜ぁ、本と…。情け…ぃったら…いゎね…。わ、たし…が」

リタはその場にペタリと座り込み、傍に居たラピードをキュッと抱き締めた。

「天才の、ったしが…。犬ッコロ…な、かに…慰められるなんて…」

ラピードはリタの頬が乾くまで、そのままじっとしてリタの傍を離れなかった。


ブォーンと重たい物体が、風を切る。

近くにあった木々を物ともせず薙ぎ倒し、勢いが衰える事も無くそれは相手を捉えた。

衝撃の瞬間

攻撃を防いだ槍と共にジュディスは遥か後方まで吹き飛ばされ大木に体を打ち付けられる。

「ぐっ!…」

最早武器としてではなく体を支える道具になった槍を杖代わりにしてジュディスは必死に自分の体重を支えていた。

赤く染まった肩や腕、脚が戦闘の激しさを物語っている。

「ここまで強いとは…流石にワクワクしてても、っ。体は、動かないわね…」

じわりじわりと勝利を確信した魔物がにじり寄ってくる。

「ここまでかしら…バウル、ごめんなさい」

空を裂く様な雄叫びと共に魔物は手にしていた巨大な斧を振り下ろした。

「くっ…」

きつく目を瞑り、衝撃に備える。

ギィィィィィィーーーーーーーンッ

金属のぶつかる音がした。

しかし、ジュディスに衝撃は無かった。

「ばかやろー!戦闘中に相手の動きを見ないでどーすんだ!」

「えっ?」

驚いて瞼を開くと長髪の青年の背中が目の前にあった。

「ユー、リ…」

「話しは後だ!弱点位見つけてるんだろうな」

ユーリは渾身の力を込めて魔物を押しのけるとジュディスを引っ張り距離を取った。

「ずいぶんやられたな」

「おかげさまでね。あの魔物、固い鱗で覆われていて正面からの攻撃は全部弾かれてしまうの」

「それはまた厄介なやつで…」

「背に鱗が無いから弱点だと思うのだけど、1対1じゃ難しくて。あれでいて素早いのよ」

「なら、どうするか。ジュディには解ってるよな?」

ユーリの問いに小さく微笑むとジュディスは頷いた。

「えぇ」

「動けそうか?」

「なんとか、ね」

重たくなった自分の体を無理矢理起こしてジュディスは槍を片手に持ち替えた。

「じゃあ行くぞ!」

掛け声と共にユーリとジュディスは敵に向かって走り出した。

魔物は威嚇の叫び声と共にユーリらを迎え打つべく武器を振りかざす。

「はーーーーーーーーーーっ!」

ユーリが高く飛び上がり敵の肩目掛けて剣を振り下ろす。

キィーンと言う高い金属音が静かな森に鳴り響いた。

魔物がニヤリと笑った様に見えた。

「ご愁傷様!」

ユーリが言った瞬間

ユーリの影からジュディスが飛び上がる。

弧を描きながら魔物の頭上でクルリと1回転して着地様に逆さに持った槍を思い切り引く。

鋭い先端が見事に魔物の延髄を貫いていた。

断末魔の叫び声と共に魔物はどうと地面に倒れ再び動く事は無かった。

がっくりと膝をついたジュディスの元にユーリが静かに歩み寄る。

「助かったわ」

ジュディスが言い終えると同時にユーリはジュディスを殴り飛ばしていた。

「きゃっ!」

「なにやってんだよ…」

「え…」

「なにやってんだよ、お前は!」

ジュディスの耳に飛び込んできたのは労いの言葉ではなく叱咤だった。

「なにも言わねぇで、勝手に出て行って。挙句にこのザマだ。俺達は何だ?ただの仲良しの集まりじゃねーんだぞ…」

「…」

「強い魔物がいたら、カロルや俺も含めて戦えば済むだろうが!独りで突っ走りやがって…」

「そうね…ごめんなさい」

じんわりと熱を持った頬に手を当てながらジュディスは呟く様にそう謝辞を述べた。

「カロルや皆に心配かける様な事はすんじゃねぇよ。二度目はねぇ」

「えぇ」

しおらしくしているジュディスを見てユーリは一つ溜息を吐いた。

「帰るぞ。バウルにも礼を言っておけよ」

ユーリが手を差し伸べるとジュディスは素直にそれに掴まり体を起こした。

「ありがと」

パンパンとはたいてジュディスは体の砂埃を払う。

「ねぇ、ユーリ」

「あん?」

「助かったわ。あなたが居なかったら私、死んでいたかもしれない。心配掛けてごめんなさい」

「…」

「でも…」

「でも?」

そこまで言ってジュディスはいつもの様にニコリ小さく微笑んだ。

「ふっ!」

掛け声と共にジュディスの拳がユーリの頬に埋まった。

不意打ちを予測出来ていなかったユーリは見事に地面に倒れこんだ。

「って!」

「傷ついて倒れてる女の子を殴るのはどうかしら?」

そう言って倒れているユーリを細めた瞳で下目遣いジュディスは見下ろした。

一瞬ユーリは呆気に取られて頭が真っ白になっていた。

「…くくくっ、ははははははっ!」

大きな笑い声を上げてユーリは立ち上がる。

「そうだよな。これが俺の知ってるジュディだよな」

「?何のことかしら」

「いや、何でもねえよ」

「ふーん…」

ジュディスの体がぐらりと傾いた。

寸での所でユーリが体を差し込んで激突を免れた。

「相当やられたな」

「そう…ね」

「仕方ない。おぶって連れてってやるよ」

「あら、それなら…お姫様抱っこの方が…いいわ」

極度の疲労と訪れた安堵の所為かジュディスは瞼を閉じかけていた。

「お望みならそうしてやるよ」

「フフッ、ありがと」

ユーリは言われた通りにジュディスを抱えてバウルの待つ方へと歩き出した。

「こうしてると…普通の…女の子…みたいね」

「全くだ、何時もこれくらいしおらしいと楽なんだけどな」

「そう言う子が…好み?」

「それとはまた別だろ」

「そう」

そう答えてジュディスは少し身じろいでユーリの体の方へと体を傾けた。

「抱え難いぞ…」

「たまには…甘えるのも…悪くないわね」

「ったく」

「…少し、眠るわね」

「あぁ、着いたら起こしてやるよ」

ジュディスはスンと小さく鼻を鳴らした。

ユーリの香りがフワリと鼻腔をくすぐる。

お互いの背中を守っていた仲間

共に強大な敵と渡り合った仲間

そんな中で感じていた彼の香りが今、普通に息をするだけでこんなにも感じる事が出来る。

今はどれ程幸せだろう?

彼の腕に包まれながら一切の不安も無く、身を寄せてまどろみに堕ちるのは

「ユーリ…ありがと。我が侭言って…ごめんなさいね」

「寝たんじゃなかったのか?そんな事は気にしないで眠れる時に眠っておけよ」

「クスッ、フフフフッ」

「なんだよ」

「いいえ」














「あなたのそう言うところ、好きよ」

SS寄り あとがき